にゃんこな日々

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タイガー

▲06.10.20撮影

10月の最後の日の火曜日
倉敷に向かう新幹線の中で、メールが届いた。
送信者はUさん・・・名前を見て嫌な予感がした。

内容はSOSメール。
タイガーが少し先の、昔よく過ごしていた公園付近の歩道で
動けなくなっているとの事だった・・・

* * *

10月になって足を悪くしたタイガーだったが
外傷がなかったので年のせいもあるのだろうかと思いながら
今年の冬は越せないのかもしれない・・・そんな事を考えては
今年は冬が来なければいいのにと真剣に思ったりした。

足が悪くなってから会えたり会えなかったりの日々だったが
前の週の木曜日、26日の日に会えたきり
金土、月とほぼ毎日寄っていたのだが会えずじまい。
そんな中のメール・・・心配事が現実になってしまっていたのだった。

木曜日に会えた時も、お顔を見た感じはいつもと変わりなく
一見元気には見えたのだが
いつもの様な食欲があまりなかったのが気に掛かっていた。
その頃は今日みたいに急激な冷え込みではなかったが
日中のぽかぽか陽気とはうってかわって夜の風は冷たくなっていた。

最近になって、何年もの月日をかけて、
やっと完全に心を許してくれる様になっていたタイガー。
触らせてくれる様になったのも今年の事で
頭やごつごつした背中を撫でながら
冬毛にもほとんど生え替わっていないタイガーの体温の低さを感じ
今年は抱っこさせてくれるよね
膝にのったらぬくぬくだよ
と撫でながら、頑張るんだよ〜と小さくそして何度も声をかけたのが
タイガーと触れ合える最後となってしまった・・・

* * *

足を悪くしたタイガーを保護しようかと出来もしない事も考えた。
きっと大人しいタイガーの事だから
家に迎え入れればすぐに馴染んでくれただろう。
でも高齢で足が不自由・・・それは軽い気持ちで判断出来るものじゃなかった。
結局言い訳をいっぱいいっぱい並べて行動にうつす事はなかった・・・




 *
 *
 *

弱りきったタイガーを一番始めに見つけてくれたのが
第二駐車場のKさんだった。
私に連絡をとりたいとの事だったので
Uさんから教わったメールに連絡してみた。

古くからいるコだから
きっと可愛がってくれた方も沢山いると思うので
せめて神社に戻してあげたい・・・
そんなメールを出したのだが
心優しきKさんは病院に連れて行ってくれていた。
正直驚いたのだが、すごい方だなと頭が下がる思いだった。
後ろ足の切断になるとの事で里親探しの協力を依頼された。
実際高齢でハンデもあるともなれば里親になってくれる様な奇特な方など
ほぼ皆無だと思っていた。
それでもその時は探してみますとメールを返すしかなかった。
明日お話を聞かせてくださいと伝えその場は一旦やりとりを終えた。
これからどうすればいいのだろうと不安や迷いで頭がグルグルしていたが
それでもまたタイガーに会えるんだ・・・そう思うと
ちょっぴり嬉しかった。

* * *

でも・・・帰りの新幹線で携帯がなってしまった。
メールには、タイガーの安楽死を伝える文字・・・。
もう体力も低下し採血するにも血もなく
身体がもう反応しなくなっていたという事だった。

私も、猫にしろ人間にしろ
苦しい思いをさせるくらいなら楽にしてあげたい、そう考えてしまう。
だから安楽死という言葉を見た時はショックではあったものの
これで良かったんだと思えた。
ただKさんには大変な事、辛い事を全てお願いする形になってしまい
本当に申し訳なかった。
でもタイガーはお陰でみんなに見守られながら
冷たい風にさらされる事もなく
優しい心に触れながら
10数年という長いノラ生活の最後を迎える事が出来たのだ。
幸せな旅立ちだと思う。
ほんとにKさんには感謝の気持ちでいっぱいだった。

ただ最後に会えるチャンスをもらいながらそれを生かせなかったのは私。
キッちゃんの時といい、今回といい、
何故か私がいない時に限って・・・なぜなのか・・・
それでも二匹とも寂しい旅立ちではなかったから
複雑でも悲しくても寂しくても
神様にありがとうと言いたい。

新幹線の中で母のたわいのない話に相槌をうちながら
何度も涙がこみ上げてきては気付かれない様に涙を拭いた。

 *
 *
 *



タイガーに最後に会えた日の次の日金曜日の事。
駐車場の隣にある石碑にお参りしている人が目に入った。
ちいこがその方の周りをちょろちょろしていたので
猫好きさんなのかしら?と思いつつ私はみんなの所へ向かった。
その方はちいこをひきつれ
一度境内の方へ登って行ったのだがその後駐車場へやってきた。
なんとその方は、昔ずっとココのにゃん達のお世話をされていた方で
ココの原点とでも言える方
もう結構なお年の様だったので、もうこれなくなったのだろうと思っていた。
でも元気そうですごく嬉しかった。
とても70才半ばとは思えないほど背筋もしゃんとしてお変わりないご様子。
ここへは随分ご無沙汰していたそうだが
先日久し振りに通った時に
変わり果てたタイガーの姿に気付き気になって様子を見に来たとの事だった。

もう何年もお会い出来ていなかったのに不思議なもんだよね。
タイガーが最後に会いたくて呼んだのかな、そんな事を考えた。

* * *

初めてココで出会ったコ達は、
もうキクちゃんともみあげくんだけになってしまったよ。
そうだよねぇ、私が通いだして何年たってるのかなぁ。
年数で言うとそんなに長くもないのに
もうずっとずっと昔から通っている気がするよ。
出会った猫も人間も沢山いるけど、
みんないつの間にか会えなくなってしまうんだなぁ。

長い間キッちゃんとタイガーにと栄養剤やミルクを作っていってたけど
彼らの為にもう作る事はないんだなぁと
部屋の片隅にある栄養剤のストックに目がいくとつい思ってしまう。
これから冬だし、また使わなければいけない事もあると思うけど
寂しさってのはどうにもならないもんだねぇ。

+

タイガー、ありがとうね。
00:07 | タイガー | comments(5) | trackbacks(0)
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コメント
タイガーくんもなつばらさんに感謝していると思います。
がんばって生きた猫ほど、猫の国で幸せになれると信じています。

我々は0か1のデジタルの世界で生きているわけではなくて
白か黒だけではない、いつも揺らいでいるアナログの世界で生きています。
救うならすべてを、でなければ結果的に意味がないのではないかと
考えることもありますけど、理想と現実の狭間で思い悩み、
悲しみ、時として涙する揺らぎの中でこそ生きられるんだし、
生かされているんだと思うのです。揺らいでいるからこそ
慢心せず、進むべき道を慎重に選んで、より前へ歩むことができるのでしょう。
すべてを分かっていて、いつも自分は正しいと、そんな
内省のない人間はほんとは何も分かってないと思っています。
少なくとも、友人にはしたくない。

多くの救えなかった猫達の記憶が、勇気と共に
背中を押してくれることもあります。
そんな猫達に感謝と哀悼を禁じ得ません。
2006/11/11 7:51 AM by いけみ
故 手塚治虫氏の恩師の言葉に
「人間が 命を左右するなど おこがましいことである」と、云う言葉があります
それは 人間が人間に対して放った言葉ではありますが
自分も同感です
でも だからこそなんです
確かに 無理に 命を引き伸ばしたり、いたずらに 命を絶ってはいけません
でも 時に 安楽死の道は ひとつの方法であり 義務かもしれないと思います。
おそらく タイガーくんは 手術を受ける前に 自ら命を絶ったと思うのです
彼らは どんな時だって生きる事を諦めたりしない
だからこそ そうさせる前に 人間が送り出してあげるのも ひとつの方法だと思うのです
みなさん たくさん たくさん 悩んで 苦しんでの結果です
タイガーくんは 誰の事も責めたりはしないはずです
むしろ ありがとうと、云ってるはずです。
それに なつばらさんが 最後に逢えなかったのも はじめから決まっていたことです
最後に 泣き虫さんのなつばらさんに逢ったら 逝くに行けなくなるでしょう
後ろ髪引かしちゃダメって事だと、思いますよ
別れは いつだって 突然にやって来る でも それで いいのだと思います。
2006/11/11 12:59 PM by K◎
お二人とも胸を打たれる心からのメッセージ、どうもありがとうございます。
沢山の猫達と触れ合ってきたお二人だからこそにじみ出る優しさや厳しさが痛いほど伝わってきました。

タイガーは野良道をしっかり生きて寿命を全うできた猫さん・・・
なかなかそんなコはいないですよね。
ほんとによく頑張ったなと思います。
「はじめから決まっていたこと」それは私が会えなかった事以外の全ての事がそうだったのかもしれないなと思いました。

いつも猫達や皆さんから学ぶ事ばかり。
ほんとにありがとうございます。
2006/11/12 2:18 AM by n
>それは私が会えなかった事以外の…
なつばらさん やっぱり はじめから決まっていたんだよ
たとえ チャンスがあったとしても
悩んで 迷って それは やっぱり 決まっていたんだと思う

あたしねぇ これまで飼ったコの最後を 誰一人として看取ってないの
もちろん チャンスもあったはずなんだ
でも いつも 最後に立ち会う事が出来ないの
いつも いつも その場に間に合わないの
そして いつも 最後を看る なぜか 姉なの
彼女は 時々 云うんだ なんで 自分ばかり…ってねぇ!
ホントに 彼女は いつも いつも 哀しいことばかり
母がねぇ それぞれに与えられた役目なんだと、云ってくれたけど
あたしは いつだって 後悔ばかり…
でもさ それで よかったんだと思うこともある
もしも その場にいたら あたしは何をするか解らないもん
時は意地悪だけど 時は わざと タイミングを噛み合わないようにしているのかもしれない
うまく云えなくて ごめんねぇ
2006/11/12 7:59 PM by K◎
そっかぁ・・・
お母様の言う通りかもしれないねぇ。
最後に送ってあげる事が出来ても、それが叶わなくても
結局人は痛みを抱えて生きてくんだね。
どんな形であれ自分の人生にしっかり足跡を残していく・・・
それは必然であり意味のある事なのかもしれないね。
どうもありがとう。
2006/11/13 12:45 AM by n
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